日航機墜落事故から37年、なぜ海に行かなかったのか…

日航機墜落事故から37年、なぜ海に行かなかったのか…

日航機墜落事故から37年、なぜ海に行かなかったのか…

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)は、1985年(昭和60年)8月12日(月曜日)、日本航空123便(ボーイング747SR-100型機)が群馬県多野郡上野村の山中ヘ墜落した航空事故である。 伊丹空港 羽田空港 123便は東京国際空港(羽田空港)発大阪国際空港(伊丹空港)
210キロバイト (31,377 語) – 2022年8月3日 (水) 14:42

(出典 御巣鷹山から37年】「なぜ、救助は翌朝に?」天国の夫に誓う墜落の真相 …)
まだはっきりした原因は分かってないの (。´・ω・)?

1 アカントプレウリバクター(神奈川県) [ニダ] :2022/08/07(日) 07:57:12.18ID:QDEkWZEi0

「21年間の結婚生活で夫婦げんかは一度もありませんでした。

百貨店に行けば、私を着せ替え人形のように頭の先から爪先まで、ぜんぶコーディネートしてくれた主人です。

生まれつき股関節脱臼がある私を『歩けなくなったら、必ずおんぶしてあげる』と。

この幸せが、ずっと続くように祈っていました。

あの年の8月12日、主人は急な日帰り出張で東京に行きました。

帰りの飛行機の前に電話をくれた主人は、とても疲れた声でした」

それが、吉備素子さん(79)が聞いた最愛の夫・雅男さん(享年45)の最後の肉声だった。

「いまから帰る。19時に伊丹空港に着く便に乗るーー」

■「主人がなぜ亡くならなければならなかったのか?」

1985年8月12日に発生した日航123便墜落事故。

群馬県上野村の御巣鷹の尾根に18時56分に墜落した羽田発大阪行き(ボーイング747)には、
乗員・乗客524人が搭乗していたが生存者はわずか4人(すべて女性)。

520人もの尊い命が犠牲となった単独機世界最大の大惨事だった。

犠牲者の中には、国民的歌手の坂本九さんも含まれていた。

また、同事故を扱った山崎豊子原作の映画『沈まぬ太陽』(2009年)では主演の渡辺謙が航空会社社員として遺族の世話役を演じた。

夫の雅男さんはその犠牲者であり、吉備さんは遺族となったのだ。

「4カ月間、私は遺体安置所で、身元不明の部分遺体をひとつずつ手に取って、主人を捜しました。
でも主人は手も足もバラバラで、ぜんぶは見つかりませんでした」

https://news.yahoo.co.jp/articles/4103b14c1a32ae587f5eb52896c6a1db93a07963

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